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ヤスミヌム族、大集合!

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About happiness 1

ラオスに行っただんなさんから、旅の話を聞いていろいろ思うことがありました。

エアコンがないので、どこの家も家の扉を開けっ放しなんだけど、どの家も一つの部屋に集まってとても幸せそうだった、とのこと。

先進国が見失ってしまいそうになるものって何だろうねと話していました。

幸福感を感じるのは、「ドーパミン的」と「セロトニン的」があるとよく言います。

ドーパミン的は、がんばってがんばって何かを達成したり、それによって賞賛を得たりするうわ~っていう幸福感ですよね。

それに対して、セロトニン的は、何にもないけど幸せ、しみじみっていう感じ。

現代人は両方あるのでしょうが、ドーパミンに偏りすぎるとだんだんつらくなってくるのかなと思います。

Rが、去年運動会でがんばって気合いを入れて、リレー選手になって大喜びしてましたが(ドーパミン的)
今年は、補欠だったそうです。
さぞかしくやしがっているのかと思ったら

「去年、給食の前の練習がきつかったからよかった」とのこと。

すごい負け惜しみだな~と思っていたのですが
「選ばれたら嬉しいし、選ばれなくても嬉しい」と言っていて、うわっ、セロトニン的~と思いました(笑)

わたしも全く体育会系ではないし、むしろ運動音痴なので、その考え方ありだねとなるほど、なるほど

時々、自分の生育環境をふとした時に思い出すのですが、
わたしの家はそんなに教育熱心な家ではなかったので、勉強しろと言われた覚えがないなぁ~と。
もしかして言われたのかもしれないけど、おぼえていない程度。
むしろ、部屋を片付けなさいとか、門限については普通に口うるさい家でした。

たぶんそれが、わたしには合っていたようでいつも「自分でこれがやりたい」というのがすごくはっきりしていました。


習い事も趣味も、高校や大学を決めるときも「これを勉強したいからここに行く」と決めて私としては猛烈に勉強した覚えがあります。

特に頭がよかったわけでもないし、いい大学に行った訳でもないけれど、自分で決めて自分の好きなようにできたというのがすごくよかったなぁと今になってみると、放っておいて決めた時には応援してくれた両親に感謝です。(海外の一人旅はいつも反対されたけどでも結局、行ったしね)

大学を決める時に、先生に三者面談でもう少し上の大学を狙ったら?と言われた時に、わたしの勉強したかった心理学ではなかったので、「何でこんな無意味なことすすめるんだろう?」と強烈に思った覚えがあります。

「心理学は就職率が本当に悪いよ~」と言われたときも「就職のための勉強って…」と思いました。


ドーパミン的に偏ると、報酬がないと勉強できなくなってしまうのかなぁと感じました。
報酬=先生や親からの褒め言葉、いい点数、合格など。
これが先進国が陥りがちな幸福感の欠如につながっていくのかもしれません。


ただ自分が好きで、誰に褒められる訳でもないし、認めてもらう訳でも、発表する訳でもないけど、ただ知りたくて、学んでいるとそれだけで幸せ~って感じるセロトニン的学びも、子ども時代から大人になってもふつうに持っているのもしみじみと、内側から幸せを感じるのかもしれませんね。

もちろん、勝ち負けやうまい下手だけじゃないスポーツや、役にはたたないけど好きなこととか。


東京にいると、子どもの習い事も、あれもやらせてみたい、これもいいらしいなんて思うこともあるけど、基本的にはRにも自分で好きな道を見つけていってほしいなと思っています。


ただチャンスとしては、いろいろあるっていうのも強みかもしれません。

わたしの場合、小学校の時に、たまたま近所に英語教室ができて、「近いから通ってみなよ」と言われて偶然通ったのがきっかけで、英語が好きになり(たいしてしゃべれませんが(笑)、外国に一人で行くようになりました。あれがなかったら行かなかったかもな~。


そうそう、わたしがセロトニン的幸せを感じるのは、小さい頃から秋が大好きなので、今頃の季節になると朝起きた時の空気感、昼間見あげる高い空、夜の鈴虫の鳴き声にしみじみ、しみじみ幸せを感じます。

どんな時にしみじみとした幸せを感じますか?
今度、教えてくださいね~

つづく…


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プロフィール

ヤスミン*

Author:ヤスミン*
大泉学園のアロマテラピー
&自然療法教室
アロマ環境協会インストラクター
アロマコーディネーター、
セラピストコース終了、
米国リドルキッズ協会認定小児タッチケア指導者、
nard アドバイザー

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