ヤスム文化

ヤスミヌム族、大集合!

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生と死

土曜日に、だんなさまのおばあちゃんが天に帰り
急遽、山口に帰っておりました。
メール等のご連絡が遅くなり、すみませんでした。
(気をつけておりますが、何か届いてない等の不備がありましたらご連絡をください)

急だったもので、連絡が来てから2時間で
飛行機の予約、ぴーちゃんのペットホテル予約から預け、喪服一式を含めた荷物の準備、
平日のたまっていた家事…(おわりませんでしたが…)
とバッタバタでした。

それでも、おばあちゃんは初孫であった主人をそれはそれはかわいがっていたので
いの一番でかけつける事ができてよかったなぁと思いました。


山と田んぼに囲まれたおばあちゃんの家に着くと
もう仮通夜の準備を始めているところでした。




いつも親戚一同、本家、近所の人たちと集まってお盆お正月とにぎやかな広間には
おばあちゃんが静かに横たわっていました。


86歳でしたので、大往生と言うこともできるのですが、
やはり別れは寂しいものでした。

90歳をこえたおじいちゃんは大工の棟梁で
頭がきれ、リーダーシップもあり地域のまとめ役の、男気あふれる人ですが、
がたいの大きいおじいちゃんが小さくなり、
小さな涙声になっているのはいたたまれない気持ちになりました。


それでも代わる代わる、近所の人、親戚、子ども、孫が集まって
お茶を飲んだり、ごはんを食べたり、と仮通夜を過ごす。

都会にはない、長い長い時間に「あぁ、この一連の流れはすごいセラピーなんだなぁ」と感じました。
たくさんの人が来て、おじいちゃんは何度も何度も同じ話を話す。
それぞれが涙を流して、話を聞いて話して。
完全に寂しさが消える事はないのですが、
これが日本のお別れの文化なのかなぁと感じました。

お香を絶やさないというのも、
香りは亡くなられた魂の世界と、肉体をもつこの世界の橋渡しをすると言われています。

上質な香の香りとともに、仮通夜は夜通し行われました。


通夜の日も朝からたくさんの人が出入りしていました。
おじいちゃんは悲しいけれどひきこもっている暇はありません。

もしかして、都会だったら「そっとしておいてあげよう」となるかもしれませんが、
山口の人たちは、ラテンの乗りの人が多くて、
みんなわんわん泣いて、飲んで、怒って笑って、おじいちゃんもひきこもっている暇が全くありません。


息子のLは、朝6時から海で生き物をつかまえて
田んぼでかえるをつかまえてバケツに入れ続け、
とかげもたっぷりつかまえて
夜は蛍をつかまえていました。




近所の人が

「見慣れん子が、泥まみれになって田んぼで格闘してるが大丈夫じゃろか…」

「寒くなって来たけど、小川で遊んどる子は大丈夫じゃろうか…」

と何度もお知らせいただきました。

多めに持って行った洋服が足りなくなり、何度も買いに出かけました…。
夏なら真っ裸でいいんですけどね。

そして、式もありますので
「お願いだから、今日は服はよごさないで」
と、普段服をよごしても怒った事のないわたしが懇願したのですが

気づくとこうなっていて…


(注意 アップにするとカエルが50匹います)


式がなければ全く気にならないのですが、やはり泥がついたままでは失礼になりますので
靴も長靴も買いました。
でも、気づくと池ぽちゃ、田んぼぽちゃしていました。


通夜ではかろうじて、緑の草いきれの模様がかすかについた白シャツで出席しました。

(トノサマバッタを撮るよう頼まれた写真)



横になったおばあちゃんと読まれるお経に現実感がわき、やはり寂しくなりました。

しかし、長いお経を聞きながら、渡された経典を読んでいたら
いつしか夢中になって読んでいました。

わたしは特に無宗教ですが、仏教って普通にスピリチュアルだなぁと改めて思いました。
輪廻転生がベースで、今世でのお勤めご苦労さまでした、というお経。

「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」

朝には幸せそうな顔をしていた人が、夕方には骨となってしまう、肉体のはかなさ。
ふと、横を見ると、Lくんも夢中になって経典を読んでいて、感覚が似ているなぁと感じました。
わたしは、あんなに泥まみれにはなりませんが。

来る時はLくん、空港で取り調べを受けまして…。

X線のゲートでひっかかったのですが


「リュックサックに小刀かカッターのようなもの入っていませんか?」


と聞かれ、

「あっ…


徳川家康の本と一緒にレプリカの刀が…」



ということで、かなりぎりぎりの搭乗で時間も押し迫り、何とか間に合った~と胸をなでおろしたところ、

息子は一人別室に連れて行かれてしまいました。


もどって来た時には、家康公の刀が厳重な形でしたが、何とかとりあげられずに免れたそうです。





無事に持ってきていた家康公の読書もできました…。




そんなたくさんのことが起こりながらも、
告別式の日がやってきました。


昨日まで泥まみれになっていたLくんも、
かわいがってくれたひいおばあちゃんが
荼毘に付す時には大号泣でした。


親戚一同があまりの号泣ぶりに驚き
「ジュース飲む?」
「お菓子食べる?」
「車で気分転換に出かける?」

と気分を紛らわそうとたくさんの人がものすごい勢いで提案してくれるのですが、

この悲しい気持ちを完全に表現して出しきるまで、思いっきり泣かせてあげてください、とお願いすると、そっとしておいてくれました。


水分すら拒否して泣き続けていましたが、
のちに散歩に行ってくると一人で出かけました。

なかなか帰ってこないので親戚一同がオロオロしていましたが、
彼には一人で心の整理をする時間が必要ですからとラテンな皆さんをひきとめていたところ、
とかげ2匹を捕まえてスキップして帰ってきました。

一人になって、スピリットになったひいおばあちゃんと会話していたのかもしれません。


お骨上げの時には最前列で、骨をいろんな角度から観察し、あれこれと質問をしていました。


そして、みんなでおばあちゃんをまた自宅へと連れて帰りました。
お仏壇で休んでいただき、お寺さんのお話が始まりました。

まだまだ式の途中でしたが夕方の飛行機のため、後ろ髪をひかれながら帰途につきました。


ここで終わりと言いたいところですが、
帰りの飛行機間に合うか?っていうくらいギリギリの時間の中、
主人の母が運転する車が警察にとめられ
後部座席、シートベルトをしていなかったということで切符をきられてしまいました。

ラテンな母は、この時間がない時に~と警察官を相手に怒り(詳細はプライバシーのため省略)、

だんなさんは、「おばあちゃんが帰さないように引き止めてるんだな、おばあちゃんらしい」と取調中にゲラゲラ笑い、

同乗していた弁護士のいとこは見つかるとまずいので気配を消し、

息子のLは「そもそもこの車、シートベルトがない」と大声で言っているのを押さえられ、

わたしは「むしろ、これでよかったのかも。シートベルトをしめて安全運転で帰りなさいっていうメッセージだよ」と言い、


最後までラテンな山口の旅路は幕を閉じたのでした。


溺愛していた孫の風変わりな嫁ということで、わたしまでおばあちゃんにはかわいがってもらったけれど、

生きている間は恩返しをすることができず、
これからはこのラテンな家族、親戚を大切にしていくことがおばあちゃんへの恩返しになるのでしょう。

詳細はかなりはぶきましたが…
おばあちゃん、すっごいラテンな家族と過ごしましたね…。


家に帰ると、花が咲くと幸せをもたらすと言われているマートルの木の花がたくさん咲いていました。


今月、教室にいらした際は、この時期限定の幸せを運んでくるハーブの香りを忘れずに香ってくださいね

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プロフィール

ヤスミン*

Author:ヤスミン*
大泉学園のアロマテラピー
&自然療法教室
アロマ環境協会インストラクター
アロマコーディネーター、
セラピストコース終了、
米国リドルキッズ協会認定小児タッチケア指導者、
nard アドバイザー

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